片付けの魔法

先日テレビを観ていたら、“今巷で話題のベストセラー「人生がときめく片づけの魔法」の著者、近藤麻理恵さん”という女性が出ていて、容赦なく芸人のモノを捨てている画が出てきました。

この方は若いのに非常に理路整然と捨てる理由を述べていたのですが、特に自分の心にグサッと刺さったのが「物を捨てる罪悪感を人に押し付けてはいけない」「実家を思い出の墓場にしてはいけない」という言葉でした。



今までの私はまさに(自分が要らないモノでも)比較的新しいモノやまだ使えそうなモノは人にあげていました。

自転車で言えば、サドルやホイールとかヘルメット、オイル系等も…

それでもここ1~2年は自分が欲しくない、価値が無いと判断したモノを、タダとはいえ人にあげるのは良くないんじゃないか?
あげた先でも結局持て余して、却って負担になってしまうんじゃないか?と想像を巡らして、そういう行為は止めていました。

何故そういう考えに至ったのか…まさに捨てるという罪悪感を押しつけていただけだったんです。

そして、その後の居場所を無くした不用品の行き先は決まって“妻の実家”でした。

そう、今度はその罪悪感を実家に転嫁していたんですね。


そのことをズバリ言い当てる言葉に出合って、私は非常に動揺しました。


勿体無いからといって、役目を終えたモノたちを手元に置き続ける…結局、モノとしての価値も愛着も失せた後に何の感謝も無く捨てる。

これはだ。
そう思いましたね。


これからは捨てるもの一つ一つに感謝の言葉を述べて、しっかり捨てようと思いました。


そして、新しく買うモノも本当に必要なモノか、しっかり吟味して、要らなくなった時に捨てる痛みを引き受けられるかどうかまで考えてから買おうと思います。

オークションやリサイクルという行き先を方便にどれだけ必要かを大して考えず、衝動的に買ってしまったモノたち、最初から愛着も執着も無く、何となく私の手元に来て、何となく人手に渡っていくモノたちを増やす行為は、実はモノを大事にすることと対極にあるということにも気付きました。


先日の腕時計の件でも少し感じましたが、大げさに言うと私の所で最後の時を迎える、私の手の中で天寿を全うさせるくらいの気持ちでモノと接しよう、そのように心を入れ替えました。

さて、(心を入れ替えた)私が真っ先に行うべきは、今度役目を終えるフレームとコンポを成仏させてやることです。
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コメント

mory #-

いやいや

row-kumaさんの不要なものの多くは宝の山ですからw←推測ですが

2011年10月03日(月) 08時48分 | URL | 編集

row-kuma #-

いやいやいや

やっぱり、自分がメチャクチャ良いと思っても人にとってはそうでないことがあるんですから、イマイチだな・・・と思うものを人にあげるのは、心情的に抵抗がありますよ。
今回は自分への戒めの意味も込めて、思い切って捨てます。

2011年10月03日(月) 13時20分 | URL | 編集


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